僕が学生時代からラジオの音楽番組を聴く事が趣味だった事が
今度は自分がプロのミュ-ジシャンになって、ラジオのスタジオでマイクを前に
好きな音楽をリスナ-の皆さんに届けるという立場につながって行った事は
(あの時代は、東京とロ-カルの間には、まだ大きな距離感が横たわっていて
僕自身も、広島で就職し・・いずれ家族を成し・・という・・ごく普通の人生を予測していた)
人は生きてみないと・・を絵に描いたような人生となった
実際に・・あの頃、今のような未来を夢見ていたわけではなかった!だけに・・
なんだか・・とても・・不思議であり・・ラッキ-に感謝する気持ちもわいてくるのだ
特に深夜放送という、あの頃の言葉で言えば「若者の解放区」で、見ず知らずの者同士が
「若さ」を特権として語り合った時間というのは実にユニ-クで貴重な体験だったと思う
もちろん、その体験がその後のお互いの人生に何らかの影響があったか?と言えば・・
それは「別に関係ない」と答える事になるだろう
あの「時間」は・・あの時・・にこそ・・咲きほこった「青春の花」だったのだ
僕はこれまで、ラジオのマイクに向かいながら、果たして何通の手紙・ハガキ・メ-ルを
読んだのだろうか?
番組でオンエアしなかったが、収録前に読みながら「笑った・泣いた・怒った」ものも
数えきれないほど存在した事は間違いない
そんな中から、皆んなから愛され、Liveでの必須ナンバ-となった曲も生まれた
ミニアルバム「ラジオの夢」最後の曲は「主役」
「私のような高慢ちき 鼻持ちならない意地っ張り
私のようなへそ曲がり 何を言っても うなづかないよ
私のような自己ちゅう よせばいいのに強情っぱり
ついでに言えば引っ込み思案 つき合い下っ手くそ ごめんなさい
この世界中 私は たった1人の存在 私と同じ人間は この世に他にいやしない
私が歩くこの道 映画のようじゃないけど
主役はきっと私です 生きているからわかるのよ」
私たちは、この世に生を受けた時から「それぞれがそれぞれの」ドラマを演じる主役である
人生というドラマは、それこそ「生きてみないと」不可解なスト-リ-展開も含めて
予測不能であり、なかなか台本通りには進行してくれない
まあ・・だからこそ・・生きる歓びや驚き・・に出会える瞬間が楽しみでもあるのだ
このアルバムを聴いていただいた皆さまが
ほんの一瞬でも、ご自分の「蒼かった青春」に想いを翔ばして
笑顔になられる事を心より願っております
そして今夜は是非・・・1杯のビ-ルで・・・ご家族で乾杯を
ビ-ルの「泡」が消えるように、私たちの「蒼い夢」も美しく消えて行きますよ
2024年11月1日 拓郎