2005.3.27 大阪城ホール「Janne Da Arc Live 2005

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「まだ大阪でインディーズの頃、他のアーティストさんのライヴでビラ配りしてたんで。大阪城ホールの外で(苦笑)」(you)
「衣裳着てメイクしてた時もあったけど、冷たい視線ばっかりで(笑)。しかも配り終わって帰る時にビラが落ちてると……哀しいというかせつないというか。ふ」(ka-yu)
なかなかぐっとくるこのエピソード以外にも、shujiがX JAPANのライヴを観に行ってたり、you+ka-yu+kiyoが初めてライヴを観た場所だったりと、Janne Da Arcにとって大阪城ホールはやはり「特別な場所」なのだ。というか、大阪でバンドをやってる者全てにとって――。

 現在のメンバーで動き出してから9年目、デビュー6年目にしてジャンヌは遂に、大阪城ホールに立った。それにしても武道館を遥かに凌ぐ12000人のキャパが、あっと言う間にソールドアウトとは、ここ最近のジャンヌの勢いは凄い。
一昨年8月の“餓えた太陽”からシングルは8枚連続トップ10入りだし、“月光花”は30万枚を超えるロングセラーを記録中だ。アルバム『ARCADIA』も過去最高の2位を獲得している。世間的に目立ちはしなかったが、こっそり密かにじわじわと躍進してたジャンヌって、不気味な連中なのである。しかも本人達も「なんででしょうねー」と飄々としてるし。わははは。ま、そこらへんがJanne Da Arcらしくて、微笑ましいのだけども。
 そもそもそんな感動のアニヴァーサリー・ライヴのオープニングに流れる映像が、ギャグあり全裸ありの「自虐エンタメ物」になっちゃってること自体が、偉いじゃないか。もう何でもやっちゃってください、元ヴィジュアル系、現<日本一のカジュアル系>バンドの名に相応しく。
「今回の『Dearly』は僕らがインディーズで一番最初にリリースしたミニアルバムのタイトルなんですけど、これを銘打ったツアーをやってなかったんですよ。じゃあ初の城ホールやし、ってことで(嬉笑)」(yasu)
 さてその本番なのだが、ジャンヌ史上最多27曲で最長4時間で、インディーズ時代の楽曲まで網羅した、怒濤のヒストリー・ライヴとなった。しかも5月リリースの新曲“ダイヤモンドヴァージン”まで――律儀だなあ相変わらず。
本番1週間前にリハ中の彼らを訪ねた時は、「最近ギターが重いんですよ(you)」「19時半頃を境に、死に物狂いになるしかないメンバーを観られますよ?(ka-yu)」「普段でも平気でキメ間違えてるのに27曲!(kiyo)」「歌詞が……(yasu)」「1日だけだから、なんとかもつと思うんですけどね……(shuji)」と不安と弱音だらけだった。
MCでyasuが「メンバーが死ぬかおまえらが死ぬか、いくぞーっ」と煽っていたが、あれは本音なのである。それでも見事な弾きまくり叩きまくり唄いまくりなのだから、さすが現在「楽器少年達の憧れ」ナンバーワン・バンドだけのことはある。
 shuji3年振りのドラムソロもやたら逞しかったし、ギターvsベースvs鍵盤による洋楽ロック臭ぷんぷんの「フレーズ・キャッチボール大会」も見事だった。

私がJanne Da Arcに一目も二目も置くのは、かつての洋楽ロックバンド達しか持ち得なかった「バンドアンサンブルのスウィング感」を、常に感じさせてくれる日本有数のバンドだからだ。そしてそこにyasuのJ-POP精神も踏まえたキャッチーなヴォーカルが、何の違和感も無く溶け込んでしまうとこに、彼らならではのポップ感を見い出せる。
 この日の客層は本当バラバラで、“月光花”やここ2年のカジュアル路線でついた若いファンが大半を占める中、昔の楽曲で超高速ヘドバンに没頭する「最初の子達」もざっと2割ぐらい見つけることができた。誰もがジャンヌの晴れ姿を祝っていたのだ。ちょっとぐっときた景色だったな。
 と私が感慨にひたるぐらいなのだから、いくら飄々としてる彼らとはいえ――と思ってたら案の定、2度目のアンコールのラスト曲“Rainy〜愛の調べ〜”を唄う前からyasuが、おもいきり感極まって泣いていた。「そりゃそうだよな」と納得したのだが……おいおい、まだ3回目のアンコールの27曲目が残ってるじゃん。このヘタレが。
「いじめないでくださいよー(恥笑)。泣くタイミング間違えてしまいました」(yasu)

(音楽評論家 市川哲史)