本展のタイトル [ verse ] とは、歌を伴う英語圏のポピュラーソングにおいて一般的な楽式であるヴァース・コーラス形式から引用した用語である。
日本のポピュラーソングの構成では A メロ・B メロ・サビが一般的に使われるが、英語圏では、曲の見せ場となる節をコーラス、またコーラスを引き立たせる物語の情報を担う節をヴァースといい、ヴァース・コーラス形式は、1950 年代からブルースやロックンロールで、1960 年代からはロックにおいて著しく使われている。
本展では、展示された作品単体をヴァースコーラス形式を伴う複数のトラックから構成された楽曲に見立てることにより、日本人の多くが自然と身につけている音楽カルチャーの理解を現代アートの解釈へと変換させることを試みた内容で構成する。
本展を構成する 12 点の立体作品は、美術における彫刻の流れを汲み取りながら、そこに音楽のカルチャーをミックスさせた視点をベースに、プリミティブな手法を用いた木彫や塑像といった彫刻表現と人工的な素材、既製品による造形が混在したブリコラージュによる立体作品である。既製品の造形美を活かした表層部はまるで、録音された楽曲や音源の一部を切り出し、それを新たな楽曲の一部として用いるサンプリングという手法を彷彿とさせる。また、木彫や塑像で生み出される彫刻表現は、サンプリングされた混沌とした造形のミスマッチを滑らかに繋ぎ合わせる寛容さを持ち合わせた生演奏のような役割をもたらしている。バラバラで多様な属性を持つ造形物が一つのまとまったシルエット内にミキシングされた立体作品は、最終的にホワイトペイントで表層を覆うことにより、素材の持つ質感と色彩による情報を均一化させ、美術における彫刻というファインアートの文脈にフォーマット化され、存在感を保っている。それは音源制作の終盤で行うマスタリングにおけるコンプをかけ音量の波形を圧縮し、マスター音源としてメディアフォーマット化させる工程の様に、ひと塊の彫刻表現としての強度をグルーヴというカタチで顕在化させている。
本展は、物語の情報を担う節であるヴァースのみの提示であり、見せ場となる節のコーラス部分は暗示にとどめている。それは作品単体、あるいは展示全体に其処は彼となく内在しているものと考え、鑑賞者の経験や知識、興味に共鳴したものをコーラスと位置付けることを目的としている。
Wall_Alternative に顕在した 12 の物語を担う立体作品、目まぐるしいほどの凹凸の情報が、鑑賞者の記憶の断片を揺さぶり、誰も聴くことのないコーラスの旋律を解放する。
大野修
1981年生まれ福岡出身。九州産業大学で彫刻表現を学び、東京藝術大学の大学院を修了。
在学中は、主に石を素材とした彫刻の研究に取り組み、アカデミックな造形と音楽からの影響を感じさせるものをモチーフとして構成し、現代における彫刻の在り方に揺さぶりをかけるような緊張感のある作品を制作。
内面から沸き起こる「衝動」を重要な要素と捉え、素材を石から人工的なものに変えてからも、決して軽薄でない「もの」としての強度を保った立体作品が特徴的である。
2012 年にニューヨークへ渡り、街で集めた不用品や安全のため切り倒された大木などを素材に制作し、現在のブリコラージュでの制作スタイルが構築された。2015 年、地元福岡に拠点を移し、実家の家業であるコンクリート製品工場の一角にスタジオを構える。2020 年の北九州での展示では重さ3 t を超える規模のコンクリート製の作品を発表している。
2004 年 – 2006 年 東京藝術大学大学院美術研究科彫刻 修了
2000 年 – 2004 年 九州産業大学芸術学部美術学科彫刻 卒業
個展
2023 「The Module」コートヤード HIROO (東京)
2022 「Future Age Knowing Emergency」TRAP(東京)
2022 「ブリコラージュ展 」 Acht Cafe Gallery(福岡)
2021 「混色展」花うさぎ (福岡)
2019 「UNSTRUCTURED」usagi と _(ニューヨーク)
2017 「DOODLES drawing & sculpture」usagi と _(ニューヨーク)
2015 「THE DOODLES」P339 (ニューヨーク)
2013 「Standard Distortion」MaKaRi Japanese Antiques (ニューヨーク)
2008 「 僕たちの忘れていた宿題 」Frantic Gallery(東京)
2006 「スーパーノイズスカルプチャー 」 LIVE&MORIS(東京)
大野さんに初めて会ったのは10年近く前のニューヨークで、彫刻家の青野セクウォイヤさんの紹介でした。
ブルックリンのパークスロープに日本人アーティストの住居とスタジオが集まる建物があり、大野さんと青野さんは当時、そこで寝食をともにしていました。大野さんはニューヨークに到着したばかりで、先に住んでいた青野さんが、同じ東京藝大の彫刻科出身者として大野さんを連れ回しているようでした。
青野さんが「大野くんは寡黙だけど、すごい作品を作るんだよ」と言っていたことが印象的でした。
その後も展覧会のオープニングで見かけはしましたが、エレキギターに虫食いのような穴を開けた彫刻の作家だということ以上に、大野さんをよく知る機会はありませんでした。ただ口数が少ないクラシックな作家らしい雰囲気と、高度な技術が一目でわかる作品は記憶に残っていました。
しばらくして大野さんは地元の福岡に戻ったと聞き、ニューヨークは社交性が求められることも多く、寡黙な大野さんが制作するには不向きだったかなと勝手に想像しました。私も制作に集中する時期は人にあまり会わないので、そう思えたのでしょうか。しかし多くの人がやって来て、そして去っていくニューヨークという街での出会いは、どこか忘れがたいものがあります。
今年のはじめに「RE:FACTORY」という、ニューヨークの「FACTORY」で見られた現代美術を中心とする多様な文化の交わる風景を、現在の日本で切り取ることを試みたアートフェアで、作家の選定に関わりました。主催がエイベックスのためキーワードのひとつに「音楽」がありました。その頃たまたま、大野さんが東京で個展をしていることをインターネットで知り、ピンときました。ギターのモチーフ。作家然とした雰囲気。その場でプロデューサーの加藤さんに連絡して、三〇分後には渋谷の会場に向かっていました。最終日の翌日でしたが、撤収の途中だったので半分はそのまま見せてもらえ、本人にも運よく再会できました。こうして大野さんの「RE:FACTORY」参加が決まったのです。
そして今年、エイベックスが新たにオープンする「WALL_alternative」の最初の企画が大野さんの個展だと知り、嬉しく思います。ニューヨークから「RE:FACTORY」への流れが育んだ人と人のつながりが、こうしてさらなる芸術活動を生み出していく。そのささやかなきっかけを自分が作れたのなら望外の喜びです。
本展を機会に、大野さんの作品が新しいオーディエンスを獲得し、より多くの人に届けられることを期待しています。
大山エンリコイサム
大野修「VERSE」開催概要
会期:2023年11月29日(水)―2023年12月16日(土)
会場:WALL_alternative
(東京都港区西麻布4-2-4 1F)
営業時間:月曜—土曜 18:00 — 24:00※日曜定休
入場料:無料
主催・企画:WALL_alternative
グラフィックデザイン:関川航平