TROPISM

トロピズム
向性、屈性、趨性、その特性による反応運動
音楽的触手は光に牽引されて19世紀末から20世紀初頭のヨーロッパから南アメリカへ
かの麗しき大地
幻覚すら覚える南米の花の香気に酔いしれる
「悲しきトロピズム」
ノート:伊藤ゴロー

01. 11月のある日

レオ・ブローウェル(1939-)
キューバの現代作曲家。とくに沢山作曲されたギター作品は、ほとんどのギタリストが一度はレパートリーにすると言ってもいいほど重要な作曲家です。「11月のある日」は映画音楽も手がけるブローウェルがキューバのドキュメンタリー映画のために書き下ろしたもの。愁いを帯びたメロディーは聴くものそれぞれの原風景にダイレクトにアダプトする名曲です。

02. ヴィオラとピアノのためのソナタ 第1楽章

ハダメス・ジナタリ(1906-1988)
クラシック音楽からポピュラー音楽まで幅広く活躍したブラジルの作曲家。ブラジルの大衆音楽ショーロや、様々な民族音楽を取り入れた作品は、ボサノヴァ音楽の発展にも貢献しました。とくにアントニオ・カルロス・ジョビンとジナタリは音楽修行時代から深い親交があり、彼に捧げた「我が友ハダメス」という曲も作っています。このアルバムで取り上げた曲は、クラッシック音楽とショーロの要素が融合された傑作です。

03. 間奏曲

ジャック・イベール(1890-1962)
初期の作品は印象派の影響が見られましたが、やがてエキゾチックで擬古典的な独自の作風を見いだします。メランコリックな旋律とスペイン的な香りのするこの曲は、若い頃のドビュッシー的な影響も薄れ成熟したイベールの魅力があふれた傑作。偶然にも「架空の愛へのトロピズム」(Tropismes pour des amours imaginaires)(1957)という、このアルバムのタイトル「トロピズム」という語を含む曲も晩年に書いています。興味のある方は聴いてみてください。

04. 花の分類

エイトル・ヴィラ=ロボス(1887-1959)
ヴィラ=ロボスは近代作曲家の中でも、ある意味異端の作曲家と言っていいでしょう。ブラジルのリオ・デ・ジャネイロに生まれたエイトルは独学で作曲を学び、強烈な個性を発する挑発的な作風でヨーロッパでも注目されました。アントニオ・カルロス・ジョビンに代表されるブラジル音楽家たちに大きな影響をもたらした、まさにブラジル音楽の父。「花の分類」は呪術的なフルートとギターが、むせるかのような濃厚な花の香に惑わされる神秘的な小品。僕個人的には、ジョビンが生前よく訪れたというリオ・デ・ジャネイロの植物園「ジャルジン・ボタニコ」を思い出させる曲でもあります。

05. イスファハンのばら

ガブリエル・フォーレ(1845-1924)
若い頃は宗教音楽を学び、オルガニスト、パリ音楽院の教授でもあったフォーレは、音楽史に革新的なものをもたらした作曲家ではありませんが、その和声感は調性音楽の枠を飛び超え、独自のものを創造しました。「イスファハンのばら」はもともと歌曲として1884年に作曲されました。「苔むした台座のなかの、イスファハンの街の薔薇」と歌われ、幽玄でエキゾチックなイスラムの薔薇の甘い香気が漂ってくる名曲です。

06. ブラジル風バッハ 第5番 アリア

エイトル・ヴィラ=ロボス(1887-1959)
ヴィラ=ロボスの作品の中で最も知られているのがこの曲。パリ遊学で影響を受けた新古典主義的な作風と、バロック様式をとった作品から、ブラジルの民族音楽やジャズなどの影響を受けたものまで、その作風は多岐にわたります。なかでもこの第5番のアリアは「ブラジル風バッハ」というタイトルにふさわしい、郷愁わきあがる旋律とバッハの重厚な響きの美しさが際立った一曲。オリジナルはソプラノと8つのチェロの編成で書かれていますが、ここではチェロとギターで演奏されています。

07. 散歩 組曲「プラテーロと私」より

E.サインス・デ・ラ・マーサ(1903-1982)
デ・ラ・マーサはスペインを代表する作曲家ロドリーゴに、「アランフェス協奏曲」を捧げられた人物。「プラテーロと私」は、ノーベル文学賞を受賞したスペインの詩人フアン・ラモン・ヒメネスの詩集で、プラテーロという名のロバと詩人の物語。アンダルシアの素朴な風景と、喪失の中で苦悩する詩人とロバとの語らいが、「生と死」「光と影」を作り出しています。

08. ピアノ三重奏曲 第2楽章

モーリス・ラヴェル(1875-1937)
叙情的な旋律と和声構築の美しさ、息をのむ展開は独創性に富んでいます。どの楽章もラヴェルらしい色彩と気品を満ちあふれた傑作。第2楽章は「パントウム」と表題がつけられていて、マレーシアの四行連詩のパントウム「Pantoum」の形式を取り入れたと言われています。途中ポリリズムによって書かれているのがこの楽章の特徴で、これは東方の国の詩形によるものなのでしょうか。

09. スペイン舞曲集 Op.37 第2番 オリエンタル

エンリケ・グラナドス(1867-1916)
12の曲からなるスペイン舞曲集におさめられている神秘の曲。この憂鬱で神秘的なメロディーは東方のミステリアスな美女を連想して書いたのでしょうか。絹糸の様に繊細なアルペジオと月光に照らし出された夜光草のようなメロディー。悲しきトロピズムな一曲だと思います。

10. プレリュード 第6番

フェデリコ・モンポウ(1893-1987)
スペインの作曲家。12のプレリュードは1927年から1960年にかけて作曲されたピアノ作品。多くは即興的で、抑制されたシンプルな旋律と瞑想的な響きをもつ和声が特徴です。淡い印象の音像は、やがて内面から発光する強固な意思によって「間」の響を創造し、12のプリュードの、時より覗かせる無調の響きは、風の音や鐘の音といった心情風景を表現しています。代表曲である「ひそやかな音楽」「内なる印象」と共に日本的情緒さえ感じる傑作です。

11. チェロとピアノのための3つの小品 第1番
12. チェロとピアノのための3つの小品 第2番

ナディア・ブーランジェ(1887-1979)
代々音楽家の家に生まれたナディアは、自然と作曲家を志しました。6歳下の妹リリーも同じく作曲家を目指しますが、24歳の若さで病気のため亡くなってしまいます。リリーの死をきっかけにナディアは作曲をやめてしまいました。それから92歳で亡くなるまで、数多くの音楽家を育てあげ、献身的な教育者として音楽に一生を捧げました。「チェロとピアノのための3つの小品」は、彼女の数少ない作品の中でも静謐で美しい和声をもつ名曲です。

13. 即興曲 第15番《エディット・ピアフを讃えて》

フランシス・プーランク(1899-1963)
フランスの偉大なシャンソニエ、エディット・ピアフへのオマージュとしてピアフの死後1959年に作曲されました。即興曲とは即興で作曲されたものではなく自由な形式で書いた作品と言った意味をもっていて、特にプーランクの即興曲はどれも軽快で洒落な小品に仕上がっています。どこかシャンソンの「枯葉」にも似たこの曲のモチーフは、ピアフが活躍した華やかなパリの思い出と、若き日々へのノスタルジーではないでしょうか。

14. カヴァティーナ

スタンリー・マイヤーズ(1930-1993)
最後は、数多くの映画音楽の作曲で知られているスタンリー・マイヤーズが、1970年にピアノ曲として作曲した作品です。後にギターのために編曲され、映画『ディア・ハンター』のテーマ音楽として使われ大人気曲となりました。ギターの重要なレパートリーとして世界中のギタリストに愛されている名曲。麗わしの旋律はギターを手にした人なら一度は弾いてみたい曲ではないでしょうか。