VIKINGUR OLAFSSON

実はぼくはフィリップ・グラスのあまりいいリスナーではなかった。何より彼の強いシグネチャーである、執拗に繰り返される単純な音型に、食傷気味となることも多かった。しかしこのヴィキングル・オラフソンの弾くグラスは、静謐で軽やかなタッチが心地よく、時にモーツァルトのように、時にシューマンのように、時にドビュッシーのように、つまりとても上品な音楽に聞こえてくるから不思議である。彼はグラス音楽の新しい魅力を引き出したと言っても過言ではあるまい。

坂本龍一

J.S.バッハ・セレクション (ヴィキングル・オラフソン選)
イタリア風アリアと変奏 イ短調 BWV989
前奏曲とフーガ ニ長調 BWV850 (平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第5番)
バッハ:協奏曲 ニ短調 BWV974 (原曲 マルチェッロ:オーボエ協奏曲)
平均律クラヴィーア曲集 第1巻 第10番 ホ短調 BWV855;前奏曲
無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番 ホ長調 BWV1006; ガヴォット(ラフマニノフ編)
2声のインヴェンション 第15番 ロ短調 BWV786
3声のインヴェンション(シンフォニア) 第15番 ロ短調 BWV801
前奏曲とフーガ ホ短調 BWV855aから 前奏曲 (ロ短調への編曲:アレクサンドル・ジロティ)
幻想曲とフーガ イ短調 BWV904
ベートーヴェン:
ピアノ・ソナタ第1番 ヘ短調 Op.2-1
ピアノ・ソナタ第32番 ハ短調 Op.111

※演奏曲目が当初予定されていたものから一部変更になりました。

公演スケジュール

2018年

公演日 会場 開場時間 開演時間 発売日 お問い合わせ
10月2日
紀尾井ホール 18:30 19:00 6月23日(土) チケットスペース 03-3234-9999
10月4日
HAKUJU HALL 18:30 19:00 6月23日(土) チケットスペース 03-3234-9999

プロフィール

アイスランドに生まれ育ち、エルラ・ステファンドッティルとピーター・マテに師事。その後アン・シャインにも師事、のちにジュリアード音楽院へ進み、ジェローム・ローウェンタールやロバート・マクドナルドと共に学んだ。同音楽院で学士号および修士号を取得。母国アイスランドの主だった音楽賞を総なめにしたのち、2016年にドイツ・グラモフォンと専属契約を結びデビュー・アルバムとなるアルバム『フィリップ・グラス:ピアノ作品集』(2017年)をリリースし、 国際的な脚光を浴びる。
ニューアルバムとして、ドイツ・グラモフォンよりバッハのピアノ作品集を2018年にリリースする予定。
21世紀のアーティストらしく、ヴィキングルは音楽へのアプローチのオリジナリティを絶賛されている。
また、現代音楽も得意とし、これまでにフィリップ・グラス、ダニエル・ビャルナソン、ハウクル・トーマソンなど5つのピアノ協奏曲の初演を託されている。
2017/18年のシーズンも数多くの世界の著名な指揮者、オーケストラとの共演が予定されている。
2018年6月にはアシュケナージ指揮NHK交響楽団の定期演奏会に出演し日本デビューを飾った。

公演スケジュール

【生い立ちについて】

父は建築家ですが、ベルリンで作曲を学び、現在も余暇を作曲に当てています。母はピアニストです。
2009年に「ディリンディ Dirrindí」という自主レーベルをアイスランドで創設し、これまで3枚のアルバムをリリースしました。その後、新たな飛躍が必要だと感じていた時期に、ドイツ・グラモフォン(DG)と専属契約を結ぶことが出来ました。DGデビュー盤『フィリップ・グラス:作品集』、DG第2弾『バッハ』はいずれも僕自身のチョイスです。

【影響を受けたピアニストについて】

グールドからはポリフォニーの聴き方、録音に対する彼の美学、レコードの創造性、録音スタジオでの実験的な姿勢、マイクと自分の関係について、多くを学びましたが、それ以外にもギレリス、ハスキル、ミケランジェリなど、非常に多くのピアニストの影響を受けています。僕としては“アイスランドのグレン・グールド”と呼ばれるより、“アイスランドのヴィキングル・オラフソン”と呼ばれるほうが嬉しいです。

【バッハについて】

バッハと言うと、まじめな宮廷楽長やオルガン奏者を連想するように、とかく私たちはバッハを一面的に捉えがちです。しかし、彼はユーモラスだったり、挑発的だったり、反体制的だったり、世俗的だったり、冗談好きな側面もありました。そうした様々な側面を演奏や録音で表現したいのです。
演奏曲目で言うと、例えばシンフォニアやインヴェンションの全曲をまとめて演奏したり録音したりするのは、好きではありません。今回演奏する「バッハ・セレクション」のように、バッハのさまざまな側面を浮かび上がらせたい。カレイドスコープ(万華鏡)のようにバッハに違った光を当てたいのです。

【「バッハ・セレクション」について】

《前奏曲とフーガ ト長調 BWV902a》の前奏曲は、有名な《平均律クラヴィーア曲集》のト長調の作品の影に隠れてしまっていますが、紛れもなくバッハの傑作のひとつです。それから《イタリア風アリアと変奏 BWV989》も、演奏機会こそ恵まれませんが、《ゴルトベルク変奏曲》と同じ形式で書かれた素晴らしい曲です。また、ラフマニノフが編曲した《無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番 BWV1006》や、僕が新たに編曲したカンタータ《いざ、罪に抗すべし BWV54》など、トランスクリプションも曲目に加えました。
バッハを弾く時は、調性を意識した配列でプログラミングします。全体を調性に沿った配列にすることで、単にバラバラの小品を弾くのではなく、ひとつの大きなチクルスとして演奏することが出来ます。たとえ聴き慣れた作品でも、新鮮な印象を受けるはずです。

【ベートーヴェンについて】

ベートーヴェンは最も親しみを感じる作曲家のひとりで、特に《ピアノ・ソナタ第1番》は大好きな作品のひとつです。ベートーヴェンはバッハと異なり、自分の作曲意図を伝えるために非常に細かい演奏指示を書き込みました。ベートーヴェンを弾くということは、ある意味でベートーヴェンの“影”になるということです。表現やソノリティに関して、ベートーヴェンはバッハと大きく異なりますが、バッハと同じく、ひとつひとつレンガを積み上げていくように音楽という建築を築き上げた作曲家だと思います。

【フィリップ・グラスについて】

グラス特有のミニマリズムに関しては、「同じ音符や同じ小節を100回繰り返すシンプルな音楽」と感じている人が多いですが、それは全く違います。グラスの音楽は、いわば“探求”なんです。サウンドの“探求”、空間の“探求”、時間の“探求”、自分自身の“探求”です。
僕がDGデビュー盤にグラスを選んだ理由のひとつは、あらゆる芸術、あらゆる生命において、同じ自分を繰り返すことは出来ない、という信念を表現したかったからです。それとグラスの音楽には、バッハと同じく、さまざまな解釈の余地が残されています。
あらゆる作曲家は、演奏家を映し出す“鏡”と言えますが、バッハとグラスにはそれを強く感じます。バッハもグラスも、楽譜の書き込みは決して多くないので、テンポやアーティキュレーションを自分で見つけていかなければなりません。その意味で、バッハのバロックとグラスのミニマルには共通点が感じられると思います。

【ピアノ演奏で最も重要な要素は?】

好奇心。音の響き方に対する好奇心、自分自身に対する好奇心、音楽に対する好奇心です。好奇心がなければ、音楽は死んでしまいます。

【日本への関心】

日本食では、しゃぶしゃぶがアメイジングですね。それから、文字の書き方に興味があります。文字を見ていると興味がつきない。日本文化全般について言えるのは、洗練と、細部への拘りですね。日本の作曲家では、武満徹さんが素晴らしい。坂本龍一さんはもちろん存じ上げていますが、現役の邦人作曲家の作品も知りたいです。

【日本の皆様へのメッセージ】

この秋、僕は幸運なことに世界中のホールで演奏させていただきますが、特に東京での1週間が、今から待ち遠しくてなりません。サントリーホール「ARKクラシックス」では、辻井伸行さんたちと同じステージで演奏させていただく光栄に浴しますし、紀尾井ホールやHakuju Hallでのリサイタルでは、さまざまな作品を演奏します。来日直前にはDG第2弾『バッハ』もリリースされますので、僕にとって特別な1週間となるでしょう。東京の皆様に僕のすべてをお聴かせし、最高の時間をお届け出来るよう、ベストを尽くします。

(聞き手:前島秀国)

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