1952年、19歳のオノ・ヨーコは二つ折の便箋にたくさんのドローイングや言葉を記していた。ショーン・オノ・レノンの全面的な監修のもと、山田写真製版所が開発した最新のデジタルアトプリント「Solegraph」によって、この未発表のシリーズのうち38枚を質感やサイズにいたるまで忠実に再現。ヨーコとショーンによって新たに並び替えられ、緩やかな物語性を湛えるシークエンスとしてボックスセットにまとめあげられた。ヨーコの瑞々しい感性が鮮やかに反映されていると同時に、画面の真ん中に単独で書かれた「yes.」や、ジョン・レノンと出会う10年ほど前であるにもかかわらず登場する「Smelty John」(匂いをかぐジョン)というフレーズが如実に示すように、のちに取り組むことになる実践、さらには人生の展開さえも、ここに予言されているかのようだ。オノ・ヨーコの知られざる原点が生々しく刻印された、美術史の文脈においても貴重な資料である(同時に発刊された通常の書籍版とは、再現性という点で大きく異なる)。
母は第一次世界大戦の後に生まれ、第二次世界大戦の時代を空腹な子供として過ごした。たくさんの物が失われた。山積みになった古い物の中に残された物達がぶらさがっていた。僕の目は、その中でまるで古書に口があってそこから舌を出しているように突き出ていた「見えない花」に吸い寄せられた。「スメリー・ジョン」を読んでびっくりした。母が父に会う前に、これを書いていたなんて信じられなかった。時が意識の中でワープした。「スメリー・ジョン」は父のことではないか?そんなことはありえない。母がよそ見をしている間に、父がこっそり母の本の世界に忍び込んだのだろうか?話を読んで、僕は夢中になった。僕は長い間、本の出版を夢見て来た。この本こそキメラ・ライブラリーからの初出版物として最適だと確信した。母の失われていた作品が、これでよみがえる。最高だ。この作品の再現は僕が全ページを監修した。もちろん、これは当然のことだ。この作業中、母の最大のファンであった父の存在を身近に感じた。こういう作業を父と一緒にやりたかった、と心から思う。父はどんなに喜んだだろうか。
ショーン・オノ・レノン
《見えない花》 ©Yoko Ono